<登場人物・キャスト>
語り手:奈良岡朋子/おしん:田中裕子/りき:渡辺富美子/庄治:吉岡祐一/とら:渡辺えり子/雄:山野礼央/ふじ:泉ピン子

<あらすじ>
朝、ふじが外の水場で米をといでいた。
とらが家から出てそれを見つけるなり大きな声を上げた。
「何してたんだ!」
「米といでるんだ」
「なしておっ母さんがほだなごどを! 今まで通りオレが支度してみんなでうちで食ってもらうがら!」

「今日がら所帯は別だって言ってあるべ。後で味噌と醤油はもらいに行くからな」
「何も別にするごどはねえでねえが。二重手間だべよ!」
「お前の指図は受げねえ」
「んでも」
「お前らと一緒ではおしんが気兼ねだ。ろくなもんも食わせてもらえねえがらな。お前らもその方が気楽だべ」
ふじは米をとぎ終わって家へ戻る。入れ替わりにおしんが出てきてとらに挨拶するが、とらはおしんをにらみつけるだけで挨拶をせず、いらいらと米をとぎ始めた。

朝食の支度をしながらおしんとふじが話している。雄はまだ寝ていた。
「母ちゃん、私はどんなことでも辛抱する。私のことで兄ちゃんや姉さんと気まずくなるようなことだけは」
「お前は心配することはねえって。ここはお前のうちじゃねえが。ゆっくり休んでだらええ。今まで散々つらい思いしてきたんだ。親のところで気ぃ遣うことはねえ」
「だからって遊んでる訳にもいかねえべよ。うちで手伝う田んぼも畑もないんだったら、どっかよそへ働きに行くこと考えねえどな」
「雄ば連れて、働きに出るって言うのが? そらあ、その気になれば女中奉公だって製糸工場もあるけんど、雄ば連れて住み込むことは無理だ」
「うん。よく分がってるんだ。ただ母ちゃんが雄預かってくれたら、私は町へ働きに行ける。ぼんやりしてる訳にもいかねえ」
「おしん、オレが雄を預がることは何でもねえ。んでも、雄が分別のつく年になるまで母親がそばにいてやるのが本当でねえが? 雄がかわいそうだ」

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庄治が野良仕事の道具を持って家から出てきた。ふじも同様にして古い方の家から出てくる。見送りに出たおしんに庄治が皮肉っぽく言った。
「おしんは、子守しながらうちさいるのが? 寝て食ってええ身分だなぁ」
「とらだって同じでねえが」
「とらは2人の子供の面倒見らんなんねえ」
「オレだって、お前がおぼこの頃はお前の手引いて、はるさ負ぶって野良仕事出たもんだ」
「母ちゃん」
言い争いをやめてもらおうとおしんがふじに声をかけるが。
「オレは今まで黙ってた。んでもお前が遊んでるように嫌味言われたんでは、黙ってる訳にはいがねえ。とらの甲斐性のねえごど棚に上げておしんに言うんだったら、とらさ働かせてから言え」
庄治はむっとしてさっさと歩き出してしまった。ふじもその後に続く。

「おしんちゃん?」
家の中に戻ろうとしていたおしんの背後から声をかける者がいた。振り向くとりきであった。
「おしんちゃんでねえが!」
「おりきさん!」
「おしんちゃん帰ってきてるって聞いでよ、まさがと思ったんだ!」
「いや今日にでも挨拶に行くつもりだったんだ。元気そうで何よりだなっす」

家の中で話すおしんとりき。
「はあ、んだったのがあ。いやオレおふじさんにおしんちゃんからの手紙よぐ読んでやってたから、佐賀の方はうまぐいってるもんだとばっかり……。酒田の加賀屋さんでもおしんちゃんの便り見て、皆さん安心しておられだのによぉ」
「加賀屋の皆さん、お元気ですか?」
「ああ、みんな元気だ。大奥様もまだまだしっかりしておいでになる。ただお加代様が、未だに、旦那様ばうちさお入れにならねえんだ。そら、外でおなごばこしらえて子供までできてしまったんだから、お加代様も愛想尽かしなさるのも無理ねえげんと。加賀屋の跡継ぎでぎねえのが、大奥様の悩みの種なんだあ」

「お加代様も、しんの強いお方だから……」
「おしんちゃん一遍、大奥様さ顔見せて差し上げろ。お喜びになるぞ」
「いや、加賀屋さんには私が山形に帰ってることは……心配おかけするだけだから」
「ほだなごどぉ!」
「会いたくない、こんな時に。せめて笑って話せるようになってから」
「おしんちゃん、分がるって。こごさ帰ってきたって昔とは違うもんな」
「承知して帰ってきたつもりだったんだけどね。ただ私も、ブラブラしてる訳にもいかなくて。雄連れてどっか働きに行けるところないかしら? おりきさん顔広いから。たんぼや畑の手伝いだったら、雄連れて雄遊ばせながらできると思うんですよ。まあ10銭か20銭……米1合か2合かでもいい。野菜でもらったって構わないんだ。雄と私の食いぶちになるんだったら」

「んだべなぁ。なんぼおしんちゃんが尽くしてきたうちだがらって、いざ世話になるどなったら冷てえもんだがらな」
「お願いします」
「ああ。あの、心当たりなぐねえがら。こごのうちの田んぼ手伝ってるより、他人の畑ば手伝った方が利口だ。銭でも物でもくれるがらな! ハハハハ」
その時外から泣き声が聞こえた。
「あれ? 雄坊でねえのが?」

おしんが慌てて外へ駆けつけてみると、とらが雄を抱え上げ思いっきり尻を叩いているところであった。おしんは慌てて駆け寄る。
「あの……!」
「おしんさん! 雄坊ばちゃんと子守してもらわねど困るず! 貞吉さアメ持たせだら、雄坊が取り上げだんだ! 人の物を盗むなんて、まんずめんごくねえおぼこだごど!」
突き放すようにおしんの方へ雄をよこし、とらは貞吉を促して家に入っていった。その背中にりきが毒づく。
「自分のおぼこさ物やるんだったら、雄坊にもやるのが本当でねえが! それば見せつけるようなごどばっかりして! おしんちゃん。オレがええ働き口探してやるがら。なっ。なっ!」

おしんが外の水場で鍋を洗っていると、ふじの怒鳴り声が聞こえてきた。
「おとら! おとら、ちょっと来い!」
「母ちゃんどうしたの?」
「おりきさんから聞いたんだ。おとらのやつ許しちゃおけねえ!」
「とらさんがどうかしたの?」
「貞吉にだけ菓子やって雄にやらねえで、雄が盗ったって雄ば折檻したって言うでねえが!」
「子供のケンカだあれは、母ちゃんがほだい怒ることではねえ」
「いいや! 同じうちに同い年のおぼこがいるんだ。分け隔てするようなごとして!」
「ええんだそんなことは」
「いぐねえって! つまらねえことだと思うべけんど、おぼこには一番つれえごとだ! これからもあることだ。雄がゆがんでしまうでねえが。言うことだけは言っとかねど」
ふじが新しい家の戸の前に来た時、とらが戸を勢いよく開けて不機嫌そうに出てきた。
「何が用か?」
「お前……」
おしんは慌ててふじの前に立ち押し戻す。
「用でねえ。母ちゃん、母ちゃん! 母ちゃん!」

おしんに押されてふじは古い家まで入ってきた。
「母ちゃん、頼むから私や雄のことで波風立てるようなことはしねえでけろ!」
「お前が遠慮することはねえって」
「私がいづらくなるだけでねえが!」
「おとらのやつ、自分が財布のひも握ってることをええごとにして!」
「母ちゃん。雄と私のことは、私が働いて何とでもする。それでええって」
「おしん」

「おりきさんがな、どっか手伝いに行けるように世話してくれるって言ってるから、それで雄の菓子ぐらい買ってやれるようになる。兄ちゃんや姉さん当てにする方が間違ってるんだ」
そう言われてもふじは怒りが収まらず、その辺りに置いてあった草刈ガマをつかんで外へ出る。慌てるおしん。
「母ちゃん。母ちゃん!」
新しい家を一瞥するとくるりと向きを変え、納屋へ入るとカマで米俵を切り始めた。
「母ちゃん……」
「米ば銭に換えて、雄の菓子買ってやる!」

「やめてけろ! 母ちゃんほだなことしたら、また兄ちゃんに!」
「庄治だげの米でねえ、母ちゃんだってちゃんと働いてできた米でねえが!」
俵から米をすくっては容器に移すふじをおしんは必死に止める。
「菓子なんか要らねえよ、菓子なんか、な!」
「雄だけの菓子でねえ! オレは今まで自分の物は欲しいと思ったことはねえ! んだから銭ば欲しいと思ったことはないけんど……庄治ととらがあだな人間だ。おしんや雄に冷たく当たるんだったら、母ちゃんが欲しい物は何でも買ってやるがらな!」
一心に米をすくっては移すふじを、おしんはもう黙って見ていることしかできなかった。

ふじは風呂敷を開いて紙袋を取り出す。
「ほら雄! アメとねじり棒と麦焦がしだ。着物もあるんだぞ。古着だけんど、あんまり着てねえそうだ。知り合いから譲ってもらって。味噌と砂糖もある。これでとらにいちいちもらいに行くこともねえがらな。魚の干物も買ってきたぞ。今夜焼いてやるがらな」
「そんなもん要らねえよぉ」
「畑のもんばがりでは、若え者は体もたねえがらな」
「でも……」
「心配要らねえって。オレは今まで黙ってきた。とらだって米ば銭に換えて好き勝手やってるでねえが。文句言われる筋合いはねえって! ほれ」
差し出されたねじり棒をおしんも笑顔でかじる。その時金づちで打つ音が聞こえてきた。おしんとふじは顔を見合わせて外へ出る。

庄治が納屋の戸に何やら打ち付けていた。横にとらが立っていて出てきたふじをじろりとにらむ。
「庄治! そら何の真似だ。そだなとこさ南京錠つけて!」
「このところ急に米や豆が減ってよ。誰か盗むやつがいるんでねえがと無用心だがらな」
「盗人などでねえ。オレが少しばかりもらっただけだ。ほだなことすることはねえべ!」
「まあ用心することに越したことはねえって。母ちゃんもこれから要る物があったらおとらさ言ってけろ。おとらが鍵持ってるからな」

「庄治お前、おしんにしてやるのがほだい惜しいのが!」
「ここにある物はなあ、俺達家族が命つないでいかんなんねえ物だ。例え母ちゃんでも好き勝手なことされたんでは、俺達だけでねえ母ちゃん達だって困ることになるんだ。母ちゃんにはそれが分かってねえようだがらな!」
「庄治!」
庄治はさっさとその場を立ち去った。とらがふじにざるを手渡す。
「かいづ、明日の米と麦だ。うちは庄治さんが男だがらちょっと深くもらっていくけんど、お互い食い延ばしていがねど、秋の取り入れまでにはあど半年もあるんだがらな! ほれ」
 (※かいづ=これ)

ふじが受け取るととらもさっさとその場を去る。
「庄治のやつ、あだなおなごの尻さ敷かれてぇ!」
「母ちゃん、一旦うち出た者が里当てにしたのが間違いだった。私が働けば済むことだ」
「おしん。母ちゃんいつまでも甲斐性なくて……」
「何言ってるんだぁ! 母ちゃんいてくれてどんだけ慰められてるか! ありがたいと思ってるんだぞ!」
ふじは無言で南京錠に目をやる。
「大丈夫だ。働くことなんか何でもねえんだがら!」

間もなくおりきの世話で、おしんは手の足りない農家へ手伝いに行くようになった。
(第154話 おわり)

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