<登場人物・キャスト>
語り手:奈良岡朋子/おしん:田中裕子/庄治:吉岡祐一/とら:渡辺えり子/雄:山野礼央/ふじ:泉ピン子

<あらすじ>
「おしんが帰ってきたんだって?」
庄治が古い方の家へ入ってきた。笑顔である。
「たまげたなあ。随分突然だなぁ! 風呂入ってたもんだから。今とらと子供達が入ってるけど、上がったら母ちゃんとおしんも入るといい。湯から上がったらすぐ飯にするから。明るいうちに風呂入らねえと、暗くなったらランプもったいねえからな。それでも5日に一遍立てる湯のある日に帰ってきて、おしんは運がええな! ああ、いつまでいるんだ? 嫁の身分でそうそううち空ける訳にもいがねべ? 母ちゃんおしんのことばっかり心配してたんだぞぉ。いがったでねえが、顔見られてよ。んでもあんまり引き止めたら駄目だぞ。おしんだって姑(しゅうとめ)も亭主もいる体なんだがら」

笑顔で話を聞いていたおしんだが、庄治の話が進むにつれて表情が暗くなっていった。
「……おしんは、こごで暮らすことになった。佐賀には帰らねえ。まあ働くことは考えるとして、しばらくはゆっくり休め」
「おしん……お前、田倉(たのくら)のうちば出されて帰ってきたのか? んだら竜三さんと夫婦別ればして」
「ほだなことでねえ。竜三さんと暮らす時も来るげんど、しばらぐは行くとこがねえから」
「おかしいでねえが。竜三さんと夫婦別れしたんでねがったら、なして竜三さんと一緒にいねえんだ? 竜三さんどごにいんだ。女房構わねえで何してんだ?」

おしんは何も言えず、代わりにふじが言う。
「まあ、これには色々事情があって。後でゆっくり話すから」
「そら、帰ってきた者を今すぐ出ていけとは言わねえ。んでもおしんは田倉の人間だ。田倉の家にやったおなごだ。うちに世話になるんだったら、田倉の方から挨拶ばしてくるのが筋ってもんだべ。品物預げるんでねえ、人間には口がついてるんだ。飢え死にさせる訳にはいがねえんだからな」
「すまねえ、兄ちゃん。私と雄が食べる分ぐらいは、何とかするから」
「お前に何がでぎるって言うんだよ? 夫婦別れしたのでねがったんならば、田倉の方でしかるべきことばしてくれても」

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「おしんと雄が食うくらい何だ? 血分けた妹が困って帰ってきてるんでねえが。黙ってしてやるのが兄弟ってもんでねえが? ほだい米が惜しいのが」
「惜しいがら言ってるのではねえ! 食わしてやりだくても、小作に米がねえのはおしんがおぼこの頃から何にも変わっちゃいねえんだ」
「よくほだなごどを。お前が小作の衆の先頭に立って地主様と掛け合って、今では小作が6割ももらえるごどになってるんでねえが! 米がねえとは言わせねえ」
「なんぼ米作ったって、世の中物高くなる一方で、食うために残してある米だって高え物と換えるんではいづまであるか」

「よぐ分がってる。佐賀でも小作がつらいのは同じだった。申し訳ないと思ってる、兄ちゃん。なるべく迷惑かけないようにするから」
「おしん、何遠慮してるんだ。お前がこのうちに尽くしたこと考えたら、1年や2年タダで食わせてもらったって釣りが来るんだ。大きな顔してればええんだ」
「……うちの貞吉と同じ年だってなぁ。これから食い盛りだ」
すっかり敵視するような顔になった庄治は、そう吐き捨てて家を出ていった。

「なしてあだな、情のねえ男になったのか……。おしん、庄治のことは気にするな」
「兄ちゃん、小さい頃から貧乏に泣かされてきたからな。兄ちゃんが悪いんじゃねえ。貧乏っていうのは人間変えるな。自分の家族養うだけでも精一杯なのに、私らみたいな厄介者が転がり込んできたんだ。文句の一つも言いたくなるべよ」
「湯さ入ってけらっしゃーい!」
外からとらの声が聞こえた。
「姉さんだ。挨拶しとかねえどな」
「早く入ってけろず! 冷めるとまた余計な薪くべらなんねんだがらよ!」

夕食時。おしんとふじも新しい家の方でいろりを囲んでいる。
よそわれた味噌汁とご飯は少ない。
とら「急だったがらよ、飯も足んねくてみんなで分げだんだ」
おしん「兄ちゃん達は?」
とら「もう食ったは」
ふじ「おしん。オレの分も食え」
おしん「私もこれだけあれば」
ふじ「明日は、白い飯食わせてやるからな」
庄治「そだな米どごにあるんだ?」
ふじ「何年ぶりかで帰ってきたんでねえが。白い飯ぐれえ食わせたって」

「麦飯で十分だぁ。ちっちゃい頃は大根めしだったでねえが。小作も麦飯食べれるようになったなんて、贅沢になったもんだなぁ」
おしんは精一杯笑顔で明るく言ったのだが、言葉尻が気に入らなかったようで庄治は酒を飲みながら悪態をつく。
「おしんはおなごだからどこへでも行げる。好きなこともでぎる。長男はつまらねえ。どだな貧乏小作でも、うちと親は見らんなんねえ。せめて麦飯ぐれえ食えるようになりでえと、小作は小作なりに苦労してきたんだ。おまけにきょうだいが転がり込んできたら、貧乏だけは継いだっていうのに面倒見らんなんねえ。長男ぐれえ引き合わねえもんはねえな」

「……明日から、オレ達は所帯別にするがらな。飯食うたんびにこだな嫌味言われたんでは、おしんもたまったもんではねえ」
「別に飯ば作るって言うのか?」
「ああ。おしんとオレの分は、オレがちゃんとするがら」
「へえー、そだな米どっから持ってくんだ? 飯ば炊く薪はどっから切ってくんだ?」
「ちゃんともらうもんはもらう。オレだってお前とおんなじように田んぼや畑やってんだがらな。んだべ? お前は働いておとらとおぼこを食わせてる。オレは、おしんと雄を食わせるがら。文句あるのが?」

「私も、野良に出るから」
おしんは申し出るが。
「お前に手伝ってもらうほど田んぼも畑もねえよ。誰がどれだけ働こうが、秋の取り入れまでうちには決まったもんしかねえんだ。それも足りねえのに、余分な人間が増えたんだ。所帯ば別にするのもええけんど、そこんとこばよーく考えてもらわねえとなあ。好き勝手なことされたんでは、いつかみんな食えねえようになんだがらな!」
荒っぽく立ち上がって庄治は部屋を出ていってしまった。
「おしん、兄ちゃんのこどは気にするな。お前はこのうちば建てたんでねえが。庄治がそのことが気に入らねえんだったら、銭で返してもらえ。その銭で米がどれだけ買えるか分がんねえがらな」
とらが白目の部分をこれ以上ないぐらい広くして横目になり、ふじをにらんでいる。何も言わないが、表情で精一杯憎らしさを表現している。

ふじが納屋に入って何やら出し始めると、後ろからとらが「誰だ!」と声をかけた。
「何してんだ!」
「芋出してんだ。あだな飯では腹もたねえがら、おしんに芋煮てやるんだ」
とらはにらみつつも何も言わない。

古い家のいろりでふじが芋を煮ている。
「もうすぐ芋煮えるがらな。せっかく帰ってきたのにこだなものしかなくて」
「母ちゃん、私のことはええって。客で来てる訳じゃねえんだから」
「心配いらねえって。オレは、お前にでぎるだけのことはしてやりてえ。してやらねえと罰当たるべ」
「母ちゃん……」
「遠慮してたら、庄治ととらに干ぼしにされてしまうぞ」

夜なべのわら仕事をする庄治の横にとらが来た。
「ちゃんと言ってけろ! 勝手にあだな真似されたからじゃ、オレがなんぼ一人で始末したかて追っつかねえ! 今に納屋の中空っぽにされてしまうぞ! おしんさんがこの家さどだなことしてけたかはオレは知ゃねげんど、オラださ関わり合いのねえごとだ! んだべ? それにこのうちだって、オラださ建ててくれた訳ではねえ。おしんさんが死んだお父つぁんのためにしてくれたことだべ? そいづば、オラださ恩着せられたって」
「今頃になって帰ってくるなんて。例え佐賀のうち追い出されても、一旦嫁さ行ったら石にかじりついてでも辛抱するのがおなごの道だのに……」
「おしんさんはわがままだ。オレだって何べん里さ帰りたいと思ったか知んねぇ。んでも里だってこごと同じように暮らし楽でねえど思ったがら、ここで辛抱するより他ねえど思ったがら……」

古い家の方で話すおしんとふじ。
「やっぱり、ここも帰ってくるところではなかったのかも知れない」
「またほだなこと言って。仕立物も、髪結もでぎねえ手して。おまけに雄ば抱えて。お前が何ぼ強情っぱりでも、誰がの世話になんねえど生きていかれねえんだぞ。んだら、親のところにいるのが一番だ。こだな時のために、母ちゃんここで頑張ってきたんだ。んならいっそ、震災の時に帰ってきた方がいがったかも知れねえな……。地獄だったべ? かわいそうにな。鬼だ、田倉のおっ母さんは」

「私が悪いんだ。最初から反対されていたのに、まさか田倉のお母さんと一緒に暮らすようなことになるとは思ってもいなかったから、たかくくってあの人と一緒になって。そらお母さんにしてみれば、反対したいのはやまやまだ。私は私で、佐賀の旧家の嫁ってもんがどんなもんかも分かんないから、佐賀のお母さんにしてみれば普通のことでも、いじめられてるような気がしてな」
おしんは大きなため息をついた。
「おしん」

「うん。もうな、何にも誰も恨んでいない。昔、材木問屋に奉公してて私が逃げ出して脱走兵の兄ちゃんに助けてもらったことがあったべ? あの俊作兄ちゃんに色んなこと教えてもらったんだ。人を恨んだり憎んだりしたら、一番つらいのは自分だって。恨んだり憎んだりする前に、その人の気持ちになって許してやるんだって……。私、佐賀のお母さんの気持ちも分かる。佐賀のお母さんにしてみれば、私みたいな嫁が来て情けなかっただろうし。私のせいでみんなつらい思いしたんだよね。佐賀のお父さんもお姉さんも、あの人も。申し訳ないと思ってる」
「おしんがそだな気持ちなら、母ちゃんもう何にも心配しねえ。竜三さんと一緒に暮らせる日まで、ここで辛抱して。母ちゃん、お前に不自由はさせねえがらな。芋食え」

母ふじの思いやりは、久しぶりでおしんの寂しい胸に温かくしみた。が、自分のことでは今まで黙って耐えてきたふじが、おしんをかばおうとして強い態度になっているのがおしんにはありがたいと同時に不安でもあった。
(第153話 おわり)

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