<登場人物・キャスト>
語り手:奈良岡朋子/おしん:田中裕子/竜三:並木史朗/福太郎:北村総一朗/恒子:観世葉子/つぎ:有明祥子/雄:山野礼央/清:高森和子/大五郎:北村和夫

<あらすじ>
「お父さん、お母さん、色々お世話になりました。今夜限りお暇(いとま)を頂きとうございます。明日、雄と2人でこの家を出ます」
おしんの突然の申し出に清(きよ)は驚く。
「ちょっと……暇ばもらいたかてん、こん家ば出るてん一体どがんことね?」
「私は、私なりに考えることがあります」
大五郎は驚きながらも何も言わない。
「そりゃこの1年、慣れん暮らしでつらかこともあったろう。せっかく産まれた子供ものうなして。そんことであたいば恨んでもおっじゃろう。ばってんあたいは、あんたば田倉(たのくら)の嫁て思うとっけん、嫁としての務めば仕込んできたつもりたい。あんたでん一生懸命やってきてくいた。やっと田倉の嫁らしゅうなってくいたってあたいも喜んどっとこれ、いきなりそがんこと言わるってんあたいにはさっぱり合点のいかんたいね」

黙って見守っていた竜三が口を開いた。
「おしん。おふくろも鬼でも蛇(じゃ)でもなか。なっ、おしんの気持ちでん十分察してくれよっとけん、そいでよかじゃっか!」
「ここにいたら、私は畑仕事をして一生終わってしまう。それがたまらないの」
「何てことば言うとか! あんくらいの畑仕事も辛抱でけん者に、何のでくって言うとね?! そいが嫌ない、田倉の嫁は務まらんたい。ああ、あんたこの家が気に入らんとない、いつでん出ていくぎよか。止めやせんたいね。どこさんでん行って好きなことばすっぎよか」
「お母さん!」

大五郎が問う。
「おしん。あんたここば出て何ばすっつもりね? 当てでんあっとかね」
「飢え死にでん何でんすっぎよかじゃなかですか? こん家ば出たらもう田倉の人間じゃなかとじゃっけ、どがんことになったっちゃあたいどんの知ったことじゃなかですたい」
「竜三とはよう話し合うたとか?」
「はい」
「お前は承知したとか?」
「いやあ、承知すっはずなかろうもん!」
「そいでん出ていくって言うとか?」
「はい。竜三さんが反対なら、私一人で行くより他ありません」
「おしん……!」
竜三は何か言いたいのだが、呼びかけたきり二の句が継げない。

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「色々、お世話になりました。何にもお役に立てなくて申し訳ありません。明日、雄を連れてお暇を頂きます」
「あんた、何ば言いよっと? 雄は田倉の家の子供たい。あんたが連れていくって法はなかと。父親もここにおっとじゃっけんね。明日は黙って出ていって欲しか! 二度とあんたの顔見っとはごめんたい」
そう言って清は立ち上がり部屋を出ていこうとしたが。
「雄は、私の子供です! 私が私のお腹を痛めて産んだ子供です! 私が連れていきます!!」

おしんの強い主張に、清はおしんの目の前へ来て座った。
「冗談じゃなか! あんた自分一人でん食べらるっかどうか分からんとじゃろうが? そがん母親に雄の面倒ば見らるって思うとっとね? 親子で飢え死にすっとがオチさい! あがん子供ば連れて何のでくって言うと?! あんたの足手まといになっだけじゃんね!」
恒子は後ろで台所の仕事をしながら最初から話を聞いていた。何も口は出さないが思うところありげな表情である。
「雄のために働きます! 雄がいてくれるからこそ働けるんです!」

「そがん夢んごたっこと! お父さんでん竜三にでん聞いてみんしゃい。雄がみすみす不幸せになるごたことば誰が『うん』って言うね!」
「あんた……」
おしんは竜三を見るが、竜三はうつむいてしまう。大五郎も何も言わない。
「雄と別れんのが嫌ないここにおっぎよか。あたいでん雄ば母親のなか子にはしとうなか。そいでん出ていくて言うない、雄のことば諦めんばね!」
それだけ言って立ち上がった清になお食い下がろうとおしんも立ち上がった。
「お母さん!!」

しかし竜三に止められる。
「おふくろの言う通りたい! なっ、お前が雄ば連れていけば、お前も雄もつらか思いばすっだけじゃっか!」
「ぃゆうう!」
「おしん!」
止める竜三をおしんは信じられないもののように見る。
「なっ、考え直してくれおしん!」

奥の部屋で雄をあやす清。
「雄は一番よか子けん、どこさんもやらんよ。いつまっでんばあちゃんのそばにおっとけんね、うん、ああよし! よか子ばい、よか子ばい」

おしんが自室で出て行く支度をしているところに竜三が入ってきた。
「おふくろは、どがんことがあったっちゃ雄は手放さんって言いよっとよ。兄貴にでん4人も孫のおっとばってん、みんなおつぎが守りばしてきた。おふくろが手ばかけたとは雄1人たい。それだけに情の移ってしもうたとたいね。雄ば置いてでん行くて言うとか?」
それには答えずに何かの風呂敷包みを指し示す。
「申し訳ありませんけど、これ持てないので置いていきます」
「おしん……」
「離縁するとおっしゃるのなら、私にはもう何も言う資格はありません。ただ、雄がいる限りあんたは父親で私は母親です。一生縁は切れません。今は別れ別れに暮らすことになっても、いつかまた必ず一緒に……私そう信じていたい。信じてます」

かける言葉が見つからないのか、少し黙る竜三。
「おしん。はあ、オイはもう止めやせんたい! オイでんが、お前がこのうちでしてきた苦労ば見てきた。そいばオイはかぼうてやることもできんやった。正直言うてお前が出ていきたか気持ちはよう分かる。黙って出してやっとが、お前への愛情かも知れんたい。……おしん。体ば大事にして、無理はせんでな。必ずまた一緒に暮らす日も来っさい。それまで、お互いに元気でおらんば。なっ」
「あんた……」
「うん。汽車賃と当座入り用の金は明日までに用意してやるたい」
「お金はあるの。ほらお加代様に頂いた、震災の時のお見舞いのお金まだ残ってる。あれで何とか」

「おしん……勘弁してくれ!」
竜三は向き直って手をつき頭を下げた。
「オイはお前に何にもしてやれんやった」
「私はね、あんたとケンカ別れだけはしたくなかった。あんたが『いつか必ずまた一緒に暮らそう』って言ってくれただけで、私には何よりの……。ただ雄のことだけは諦めない。諦めきれない!」
「そがんこと言うてたら、このうちは出られんさい。ほんなこと出る気ない、雄のことはおふくろに任せて。ここまで来っぎ、雄をおふくろから取り上げることはもう誰にもできんとよ」

福太郎が寝ている横で恒子は針仕事をしている。
「おしんさんは、ほんなこと強かおなごたいね」
「やっぱり、出ていくって言いよっとか」
「自分の思うごとでくってん、羨ましか……。あたいでん、何度こがんとこさん嫁に来たことば悔やんだこっちゃい知れん」
「恒子!」
「ただどこさん嫁に行ったっちゃ、嫁のつらかとは同じて思うて辛抱してきたとさい。ばってん、出ていかるっもんない出ていきたか時の何度あったこっちゃい。あたいでんおしんさんのごと思いっきりようでくっぎ、どがん胸のすくことか」
「恒子、そがんつまらんことのおふくろの耳にでん入っぎ、ただじゃ済まんと。お前は知らん顔ばしとぎよか。『見ざる、言わざる、聞かざる』、そいでなからんば長男の嫁は務まらん!」

翌朝早く、おしんは田倉家を出るつもりであった。ただ何としても雄は連れて出る覚悟をしていたが、姑(しゅうとめ)から雄を渡してもらうことは絶望的であった。

おしんは自室を出て台所の方へ来た。恒子とつぎが朝食の支度の最中である。
「もう発つとね?」
「お姉さんには、ほんとにお世話になりました。何のご恩返しもできずに」
「雄ちゃんはどがんすっと?」
「これからお母さんに頼んでみます」
「頼んで聞いてくるっごた人じゃなか」
「でも、最後に何とか」
つぎは先ほどから外の方へ出ていた。まだ台所へ戻ってこなそうなのを確認して恒子は少し小さい声で言う。
「おしんさん、あんたどっかで待っときんしゃい。あたいが雄ちゃんば連れてきてやっけん。あんたが出ていったって分かっぎお母さんでん気ば許しんさっ。必ず連れ出す隙のあっさい」
「お姉さん……」
「そうたい、源じいのお墓がよか。あたいが必ず、雄ちゃんば連れていくけん。待っときんしゃい」

そこまで言い終わった時ちょうど清が現れた。
「まだウロウロしとっとね? もうこん家に用のなかとない、さっさと出ていきんしゃい」

おしんは恒子の真意を測りかねた。が、お清に雄のことを頼んでも無駄だと諦めると、おしんは恒子の言葉を信じて待つより他ないと思っていた。
(第145話 おわり)

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