<登場人物・キャスト>
語り手:奈良岡朋子/おしん:田中裕子/竜三:並木史朗/篤子:長谷直美/佐和(声):香野百合子/福太郎:北村総一朗/恒子:観世葉子/つぎ:有明祥子/篤子の夫:島英司/郵便配達:宝木原博也/雄:山野礼央/清:高森和子/大五郎:北村和夫

<あらすじ>
おしんの部屋は、離れの小屋から元いた納屋に移っていた。隅の机の上にささやかに花が飾ってある。清が部屋に来ていて、おしんは篤子の子に乳を飲ませている。
「今夜は名付け祝いたいね。あんたのおかげで無事に迎えらるっと。『愛』って名前ばもろうた。この子は、あんたが愛に飲ます乳ばもろうてここまで育ったと。あんたも愛って思うてこの子に乳ば含ませてくいとっとじゃろう。せめてあんたの思いばこの子に残してやりたかったと。今夜、一緒に祝うてやってくんしゃい」
おしんは少し笑顔になってうなずいた。

「あたいは嫌って反対したと」
篤子は不機嫌である。
「死んだ子につけた名前てん、縁起ん悪かもんね。ばってんお母さん、向こうの家まで行って決めてきたとよ!」
命名用紙を神棚に貼って拍手を打つ大五郎。竜三と福太郎も同じテーブルにつき茶を飲んでいた。
「よかとこもあっじゃっかおふくろも。おしんさんに乳ばもろうたて恩に着とったさい」
「そいけんて、何もそがん名前」
「よか名前じゃっか」
「おかしかとお母さん! 急におしんさんに優しゅうなったりして」
「お清は負い目のあっと、おしんに」
「おしんさんの子は、何もあたいのお産と重なったけん死んだとじゃなかよ。もともと駄目やったとやろが」

「そいでん、おしんにひどか仕打ちばしたっちゅう気持ちがあって」
「おしんさんだけ特別ってもんじゃなかろうもん」
「とにかく、お清が優しか気持ちおしんに持ったっちゅうことは結構なことじゃなかか」
竜三は何も言わない。そこへ清が篤子の子を抱いて戻ってきた。
「この子はまあ、女ん子のくせしてよう乳ば飲むと! こがん重とうなって。ハハハハハ! 愛よ、ああ、ああ」
通りかかった恒子とつぎに「そろそろお客さんの見ゆっよ」と声をかける。
「はい。もう支度のでけとりますけん」
「おしんにも祝いの膳ば運んでやってくんしゃい」
「はい、すぐに」
その言葉を聞いて大五郎と竜三はちょっと感慨深いような表情をした。

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恒子がおしんの部屋に膳を運んできた。
「名付け祝いの膳たい。おしんさんはとても祝う気にはなれんじゃろうばってん、お母さんのそがん言いんさっとじゃっけん。おしんさん、あんたよう篤子さんの子に乳ばやる気になったね。どがんつらかったこっちゃい。ばってん、そいでお母さんの気持ちも折れんさったとよ。こいでおしんさんも、田倉(たのくら)の家の嫁として少しは暮らしようなっやろう。辛抱した甲斐のあったたいね。今までは例えお母さんのしんさっことの目に余っ時のあったっちゃ、嫁の分際じゃ何も言えんやったとじゃっけん。ばってんもうそがん思いもせんで済むやろうし」
「お姉さんに、ほんとにご迷惑かけました」
「まあ、こいからは嫁同士お互いに助け合うて、愚痴もこぼし合うて……」

竜三が雄を連れて部屋へ入ってきた。もう歩けるようになっている。
「ほら、お母さ~ん」
「雄!」
「おふくろもおつぎも客の接待で忙しかけん、雄ば見てやってくれって」
「なあにこのちっちゃいの!」
「雄ちゃんも、これ食べんさい」
雄が膳を指して思うまま質問し、恒子が食べ物を雄に差し出してくれる。
「おとなしゅうお母さんと遊ぶとよ」
「なあにこのちっちゃいのは。なあにこのちっちゃいの?」
「雄。大きくなった……」
「よし、ほれ、雄。食ぶっか?」
「お座りしなさい。はい、ここ」
「おしん。おふくろもやっとお前の優しさの分かってくいたとよ。これから何もかんもうまくいくごとなったい。おしんもこいでやっと佐賀に骨ば埋むっ人間になれたとよ。なっ、ほら雄」

佐賀へ来て初めて、おしんには平和な日が続いていた。産後の大事を取るようにと畑仕事もさせられず、一日に何度か篤子の子に乳をやり、思う存分雄の守りをするだけの暮らしであった。そのおしんには、もう子を失った悲しみは癒えたように見えた。やがて1カ月が過ぎ、33日目を迎えた愛の宮参りの日が来た。

おしんが洗濯をしていると黒留袖を着た清に声をかけられた。
「もうお出かけですか?」
「ああ。長かこと、愛が世話になった。今日宮参りの済むぎ、愛も篤子と一緒に向こうの家さん帰っことになったたいね。愛のお乳のこともあっけん、もう少しうちに置いときたかとばってん……。まあ宮参りの終わっぎ、お産の後の体が元通りになったちゅうことじゃっけん」
「じゃあ、愛ちゃんのお乳はもう」
「最後に、乳ばやってくれんね? 出かくっ前に」
「はい」

篤子と清、篤子の夫を送り出すおしんと恒子。
「おしんさんも、ご苦労じゃったね」
「これで私の役目も、終わりました」
そこへおしん宛の郵便が来た。

自室へ戻り開けてみると、佐和からの手紙であった。
「おしん様。ご無沙汰しております。毎日お手紙ば書こうと思うとって、はや半年経ってしまいました。急に家ば出た訳はもうご存知と思います。私はおしんさんに申し訳なかことばしてしまい、おしんさんに顔向けできなくなったけんです。仕方んなかったとはいえ、おしんさんば裏切ってしもうたこつば何とお詫びしていいか分かりません。どうかどうかお許し下さい。私は今東京の料理屋で……
……おしんさんは、きっともう無事に赤ちゃんばお産みになったことと、陰ながらお喜び申し上げます。男の子ですか? 女の子ですか? もう宮参りぐらいにならしたとでしょう? 夕べも、おしんさんに似てかわいらしか赤ちゃんば抱いとらすおしんさんの夢ば見ました」

おしんは奥の部屋の縁側で雄の守りをしていた。そこへ清が入ってくる。
「お帰りなさいまし」
「ただいま。無事に宮参りも済ませて、あたいも肩の荷ば下ろしたたいね。ハハハ、雄よ! おとなしゅう遊んどったね、うん? ああ、やっぱり雄が一番さい! 娘の孫てん、どがんかわいがったっちゃ所詮よその家の子じゃっけんつまらん! 雄は、いつまっでんばあちゃんのそばにおっとよ! 田倉の子じゃっけんね。ハハハハハ」

「そうか。東京におっとか佐和さん」
夜、部屋でおしんは手紙のことを竜三に告げていた。
「捨て身になっぎ、女っていうとは強かもんたいね」
おしんの顔が変に無表情なのを見て顔を曇らせる竜三。
「私も思い切ってここを出るわ。ここにいても、何にもならないってことがよく分かったの」
低い、抑揚の薄い声である。
「ハハ、おしん! 急に何ば言い出すとか!」
竜三はとっさに笑うしかない。
「佐和さんの手紙ば読んだけんていうて、お前までがそがんバカなことば」
「佐和さんの手紙で思いついた訳じゃないのよ。愛が死んだ時からずっと考えてきたことなの。愛は、生きる力もない体で産まれてきたのよ。それがどうしてだか、あんたもよく知ってるでしょ? 毎日毎日、疲れてものも言えなくなるぐらい働いて。お腹に赤ちゃんがいるっていっても『しっかり働かないとお産が重くなる』って言われて休むこともできなかった。それでも、『よその嫁も同じ辛抱してるんだから』って言われたら、ろくに口答えもできないで私も辛抱してきたわ。つらいことには私慣れてるの。自分一人が苦労するんだったらどんなことだって我慢する。ただ……そのためにせっかく産まれてきた子供が産声上げる力もなくて死んだかと思うと」
「おしん……」
「私が悪いのよね。どんなつらいことにも黙って辛抱できると思ってた私がいけないんだ。私が愛を殺したのもおんなじなのよ」
「おしん?」
「私……あの時からここを出る決心してたの。ここにいたら、自分がしたいことなんか一生出来やしない。自分の赤ちゃんでさえ、丈夫に育ててやることさえできなかったんだから」
「おしん!」
「もっと早く出ていこうと思ってた。ただ、愛ちゃんにお乳あげれる間はと思って。死んだ愛の代わりに、愛ちゃんには丈夫に育って欲しいと思ったから。こっちへ来て、1年……つらかった。でもつらかったこと、恨んだり悔やんだりしてないよ。ただ、私には何にも残るものがなかった。失うばっかりで。それがたまらないの……。黙って行かせて下さい。私ここにいたら駄目になってしまう。私でなくなってしまう」
そう言い切るとおしんは部屋から出ていった。慌てて後を追う竜三。

清が大五郎の肩をもんでやっている。そこへおしんが来て座敷の前の板の間に座る。
「お父さん、お母さん、色々お世話になりました。今夜限りお暇(いとま)を頂きとうございます」
清も大五郎も怪訝な顔でおしんを見る。竜三は何も言えずにそばに立っているだけである
「明日、雄と2人でこの家を出ます」
(第144話 おわり)

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